2025年12月08日

【掌編】齊藤想『笑顔の力』(ChatGPT_92点)

「未来に繋ぐ転生玩物語」に応募した作品その2です。

テーマが郷土玩具なので、選んだのは千葉県船橋市の「バカ面」です。主催者HPにおススメ郷土玩具が紹介されていたのですが、あえておススメを外しました。
その方が新規性がでるかなと思いまして。
バカ面が主題なので、主人公は笑顔を無くした少女としました。これは逆の要素を組み合わせるパターンになります。
となればラストは定番なのですが、あえて捻る必要もないかなと考え、素直な着地としています。定番には定番の安心感というか、良さがありますので。

こんな感じで、具体的な技法を無料ニュースレターで紹介します。
次回は1/5発行です。



・基本的に月2回発行(5日、20日※こちらはバックナンバー)。
・新規登録の特典のアイデア発想のオリジナルシート(キーワード法、物語改造法)つき!

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 『笑顔の力』 齊藤 想

 笑顔の力なんて、信じない。
 小学生時代、美咲はイジメられていた。原因はわからない。たぶん、周囲の女子より少し見た目が良いとか、親が高級志向で持ち物がブランド品とか、そうした小さな違いが異分子として疎外の対象にされてしまったのだと思う。
 仲間に入れてもらおうと声をかけても、同級生たちはすっと遠ざかる。完全な無視とは少し違う。お高いところに勝手に祭り上げられている感じだ。学級委員長も押し付けられた。
 苦しいことがあると、美咲は近所に住む祖母に相談した。祖母の家にはお面がたくさんある。祖母は黙って聞きながら、いつも「笑顔になれば、なんとかなる」を繰り返す。「イジメられているのに笑顔なんてムリ」と言うと、「そのときはお面を被ればいいのさ」と笑い飛ばす。
 小学生のときは、祖母のアドバイスを素直に聞いていた。けど、ムリな笑顔が余計に「キモイ」と言われた。イジメが酷くなった。中学時代には、無表情というお面を被るようになった。
 小学校、中学校とずっとひとりだった。むしろ、ひとりでいることに安らぎを覚えた。休み時間は図書室にこもり、誰とも接しないようにした。家族とも最低限の会話しか交わない。祖母の家にも近づかなくなった。
 家族であろうと祖母であろうと、ひとと話すと、無表情というお面が剥がれそうで怖かった。
 そんな祖母は、美咲が高校時代に、長い闘病生活の末に息を引き取った。肺がんだった。全身に転移して体中が痛いはずなのに、最後まで笑顔を浮かべていた。
「美咲の笑顔を、もう少し見たかったねえ」
 これが祖母の唯一の愚痴だった。
 家族で祖母の遺品を整理していると、押し入れの中から「ばか面」が出てきた。「ばか面」は祖母の出身地である千葉県船橋市に伝わる伝統芸能で、少しおかしみのあるお面を被って、お囃子にあわせて踊る。
 祖母のばか面は自作だ。子供のころに祖母に見せてもらっていたのだが、すっかり忘れていた。
 祖母のばか面は、ひょっとこをベースに、口のとがりが極端に誇張されている。周りを笑顔にしよう、少しでも楽しんでもらおう、そのような気持ちがあふれ出るお面だった。
 美咲はばか面を手に取った。下地の新聞紙の匂いが、また残っている。祖母の体温が、どこかしら感じられる。
 美咲は、ばか面を被った。それを見た母が笑った。父もほほえんだ。
 ばか面で隠している無表情が、崩れていく。
 笑顔の力を、少しだけ信じようと思った。

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2025年12月01日

【SS】齊藤想『悪霊退散』(ChatGPT_89点)

「未来に繋ぐ転生玩物語」に応募した作品その1です。
テーマが郷土玩具なので、郷土玩具を複数登場させることを狙いました。
文字数が1000文字以内という厳しい条件下だったので、1文字単位で削り込んでいます。
もちろんワンシーンで完結。キャラも複数出す必要がありますが、キャラ設定を描写する余裕はありません。
ということで、最初から立ち位置が明確となる結婚の挨拶のシーンとしました。
あとは会話と動作で性格を表現です。
文字数圧縮の参考になればと思いまして。

こんな感じで、具体的な技法を無料ニュースレターで紹介します。
次回は1/5発行です。



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『悪霊退散』 齊藤 想

 智香が彼氏を両親に紹介した時、多少の冷たい視線は覚悟していた。しかし、悪霊扱いされるとは思ってもみなかった。
 なにしろ智香の彼氏は全身タトゥーで、耳にも鼻にもピアスを付けている。おまけに、頭髪は南国のような極彩色のドレッドヘア。
 父は顔をゆがめ、母は目を背けた。そんな目をしないでほしい。たまたま、私が好きになったひとが、少し特徴的なファッションセンスの持ち主なだけ。彼氏は売り出し中のヘアデザイナー。業界で生き残るには、最新ファッションで自己アピールしないといけないの。これは仕事の一環なの。
 見た目は奇抜だけど、いまはスーツに正座。手土産に老舗和菓子屋の水羊羹を持参。とても礼儀正しい好青年。
 そう心の中で訴えたけど、両親が理解できるとは思えない。両親も、彼氏にどうやって声をかけたらいいのか分からない様子。
 寒々とした空気が流れる。
「まあ、食事の前に軽く始めましょうか」
 そう言って両親が席を離れた。何をするのかと思ったら、「浦佐の猫面」と「鬼祭の鬼面」を手に戻ってきた。ちょっと待て。それは悪霊退散の道具ではないのか。
 彼氏が両親に聞く。
「それぞれ特徴的なお面ですね。それは、民芸品かなにかですか?」
「うむ」
 父が腕組みをする。
「夫婦の出身地の郷土玩具でなあ。これは悪霊除けの意味が込められている」
 ああ、言っちゃった。
 母が微笑みながら、彼氏に告げる。
「お腹が減っているかもしれないけど、我慢してね」
 彼氏が目を白黒させている間に、母は「浦佐の猫面」を付けて「サンヨ、サンヨ」の掛け声とともに足を踏み鳴らす。「鬼面」をつけた父はたんきり飴を投げ始める。
 まさに悪霊退散の儀式。たんきり飴が彼氏の耳にあたり、ピアスが揺れる。白い飴粉が舞う。
 しばらくして、両親はお面を取った。
「ふむ、これで大丈夫」
「もう安心ね」
 何が安心なのか。私は絶望的な気持ちでいるのに。
 父が改めて彼氏に向き直る。
「彼氏さんはとても個性的な見た目だから、悪い人間が近づかないようにお祈りをしておいた」
 え、どういうこと?
「智香が選んだひとなんだから、間違いないわよ。とても礼儀正しい好青年。けど、老婆心ながら余計な心配をしちゃうもんだから、ごめんさいね。さあ食事にしましょうか」
「お義父さん、お義母さんありがとうございます」
 彼氏は丁寧に頭を下げた。「お義父さんはちょっと早いなあ」と父は笑った。
 私は、とても幸せな気持ちになった。

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2025年11月24日

【SS】齊藤想『練習の成果』(ChatGPT_95点)

第49回小説でもどうぞ「練習」に応募した作品その3です。

自分はテーマを少し変わった角度で見たがる人間ですが、本作はストレートに練習を表現しています。
ひたすら練習した内容が、実は非道徳なものだった、犯罪行為だった、という系統のストーリーはよくあります。いいことをしている風に見せかけて、実は全然違うというストーリーです。
本作では贋札を選択しました。ただ「贋札でした」で終わってはありがちなので、そこからもう1段のオチを付けて、さらに最後になぜかいい話風に終わらせるという2段階の工夫をしています。
古くから使われている形に、何かをプラスする努力が大事なのかなと。

こんな感じで、具体的な技法を無料ニュースレターで紹介します。
次回は12/5発行です。



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『練習の成果』 齊藤 想

 隆之が美術の世界に足を踏み入れたのは、同級生であり、あこがれの愛生のひとことがきっかけだった。
 隆之が小学校の教室で一心不乱に鉛筆を動かしていると、愛生が長い黒髪をかきあげながら、隆之のノートを後ろからのぞき込んできた。
 不意打ちだった。隠す暇もなかった。
「あ、これ私でしょ。タカ君は、似顔絵がとっても上手なのね」
「あっ、ごめん。実は……」
「誤魔化さなくてもいいの。実は私も絵を描くんだけど、タカ君とは月とすっぽんよ」
 愛生は恥ずかしそうに、ランドセルから自作の絵を取り出した。愛生のほほが近づく。隆之の胸が高鳴る。
「ほら、どう思う?」
 愛生の絵は風景画だった。デッサンの拙さは隠せない。けど、色彩がリアルだった。
「色が、とてもいい。それに」
 隆之は紙を指の腹で撫でた。
「触り心地がいい。もしかして自家製?」
「そうなの。うちは製紙業だから、オリジナル用紙を作れるんだよね。この紙を気にってくれたら嬉しいな」
 愛生は隆之の横に座ると、急に声を潜めた。
「ずっと前から思っていたけど、タカ君と力を合わせれば、完璧な作品ができると思うんだよね」
「えっ、どんな作品?」
 愛生は作品例を見せた。細かい線の描写と微妙な色彩が特徴的な作品だった。
「エッチングって知っている?」
「エッチング?」
 初めて聞く技法だった。
「金属板にキリのような道具で線を描くの。線にインクを乗せ、最後にプレス機で印刷する。原版を作れば、何枚でも複写できる」
「なんか難しそうだなあ」
「大丈夫よ。タカ君が絵を描き、私がインクの調合と紙の制作を担当する。お互いの得意分野を伸ばせば、いくらでも完成度をあげることができるはず」
 愛生は隆之の手を握った。愛生の体温が伝わってくる。愛生は本気だった。
 気が付いたら、隆之は首を縦に動かしていた。
 その日から、隆之は2人の目標に邁進した。練習すればするほど、隆之はエッチング特有の細密な線にのめり込んでいく。
 基本のクロスハッチングから始めて、次にパラレルハッチング。さらには点描や曲線にも取り組む。
 練習したのは手先の器用さだけではない。対象物を写真のように描く技術や、文字を自由にデザインするレタリングも学んだ。
 中学校は美術部に所属し、授業そっちのけで模写に励んだ。特に先生たちの顔は描きまくった。同級生たちの顔も次々とノートに写し取った。
 愛生はインク調合技術を学び、中学3年生のときには隆之が希望する色をほぼ揃えることができるようになった。オリジナル用紙の紙質の向上も著しい。手触りといい香りといい、完璧に近づきつつある。
 隆之は、両親に頼んで、美術科のある高校に進学させてもらった。
 隆之の実力に驚いた高校は、特待生としての入学を要請した。
 しかし、隆之は普通入学にこだった。隆之は、完璧になるまで作品を秘密にすることを愛生と約束していた。
 先生から何度も展覧会への出品を要請されたが、隆之は頑なに首を横に振り続けた。自分の作品は芸術的ではありません。写真の真似事のようなものです。立派な先生から賞を受け取るような美術とは違います。
 そう言い訳を続けた。
 先生からは「技術を見せるだけでも意味がある」と説得されたが、それこそ隆之と愛生が恐れていることだった。
 目立ってはいけない。これも2人で堅い約束を交わしていた。
 美術系の高校で懲りた2人は、一般入試で普通の大学に入学した。隆之と愛生は、ひたすら技術を磨き続けた。
 2人は大学卒業後もアルバイトで食いつなぎながら、更なる研鑽を重ねた。年齢を重ねても、夢を諦めることはなかった。完成度が高まるにつれて、テレビもインターネットも断って集中することにした。いつしか2人は同棲することとなり、結婚式まで挙げた。
 そして、苦節二十年。ついに完璧な作品を完成させることに成功した。見た目だけでなく、手触りも間違いない。しかも、何枚でも印刷できる。
 嬉しさのあまり、2人は強く抱き合った。お互いを激しく求めあった。完成の喜びを知るのは2人だけ。それで十分だった。
 隆之と愛生がお祝いをするためにビールを片手に長年封印してきたテレビをつけると、アナウンサーが見たこともない紙切れを手に街中を歩いていた。
 何が起こったのか。隆之が画面に食い入るように見ると、アナウンサーが笑顔で説明する。
「本日をもって偽札に悩まされた旧1万円札が使用停止となり、新型1万円札の流通が始まります。さて、街の声を聞いてみましょう……」
 愛生は泣き崩れた。手にしていた作品を破り捨てる。
「どういうことなの。私たちの努力が無駄になったということなの? この二十年は何だったの」
 愛生はテレビに向かって缶ビールを投げつけた。隆之は優しく声をかける。
「けど、無駄にならなかったことも、あったじゃないか」
「なによ、それは」
「ほら、ここに」
 そう言って、隆之は初恋の相手であり、いまは妻となった愛生の肩を、やさしく抱き寄せた。
 床には、刷りたての旧1万円札が散らばっていた。

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2025年11月17日

【掌編】齊藤想『一度きりの勝負』_ChatGPT92点

第49回小説でもどうぞ「練習」に応募した作品その2です。

公募ではまず採用されない「戦争物」です。
これも逆転の発想です。練習とは繰り返すものなのに、あえて一発勝負というスト―リーを作りました。
テーマ「練習」を「練習できない」という解釈で処理しています。
舞台となった鹿児島南方の地図は調べましたが、砂糖をガソリンに混ぜるとエンジン不調が起きるかどうかについてはよく分かりませんでした。全体的には否定的ですが、機体不良が続出した戦争末期なら、もしかしたらありうるかな、というレベルです。
あくまで創作ですので、ご注意を。

こんな感じで、具体的な技法を無料ニュースレターで紹介します。
次回は12/5発行です。



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『一度きりの勝負』 齊藤 想

 戦死者の数ほどの星が煌めく鹿児島の夜空を見上げながら、特攻隊員の宮ケ瀬は「一度きりの勝負だよなあ」と整備兵の吉田につぶやいた。
「ああ、そうだな」
 と吉田は羊羹をかじりながら答える。
 戦局がひっ迫している中でも、吉田はどこから甘味を調達してくる。その多くは、明日がない特攻隊員から譲られたものだ。
 宮ケ瀬は草むらに寝転がる。
「おれたちはロクな訓練もされていない。ガソリン不足だ、機材不足だとか言われて、玩具のような木製の模擬操縦桿を握らされて、グライダーで空に放り出されて、練習機で離陸できるようになったと思ったらゼロ戦で特攻しろと。ムチャクチャもいいところだ」
「練習不足を理由に、特攻を拒否することはできないかなあ」
「そんなこと、できるか」
「まあ、そうだよなあ」
 吉田は自家製の飴玉を口に入れた。手元にある石を漆黒の闇に向かって投げる。
 宮ケ瀬は、いまだに特攻志願を強要する指令室の雰囲気を思い出す。立派な階級章をつけた少佐が、特攻希望者は一歩前に出ろとどなる。
 特攻隊志願を躊躇するだけで、上官から非国民の罵声が飛んでくる。いまの日本では、非国民の烙印を押されただけで、家族の生活が崩壊する。冷たい目線を浴びるだけでなく、辛うじて生活を支えている相互援助の輪から切り離される。
 そのことが分かっているから、足を前に出すしかない。
 決して特攻に飛び立つことがない少佐は、横一列に並んだ若者たちを見て、満足そうにうなずく。そして、いつもの空虚な言葉を並べたてる。
「君たちの赤心は必ずや上聞に達し、護国の鬼として靖国神社に……」
 宮ケ瀬からすれば、上聞も護国もどうでもいいことだ。人間を型で嵌めるようにして、飛行機に乗せて、殺していく。
 それが、宮ケ瀬にとっての特攻だ。
「明日飛び立ったら、もう飛行場には戻れないんだよなあ」
 吉田の呼び水に、宮ケ瀬は相槌を打つ。
「特攻に出撃して戻ってきたら、凄惨なリンチが待っている。軍隊の悪い風習だ。死んだら愛国も忠国もへったくれもないのに」
 話が一通り終わると、吉田はうなずきながら、数個の砂糖を渡してきた。
「これはオレからのプレゼントだ。一発勝負だから、絶対に決めろよ」
「なぜ、おれにくれるのか」
 吉田は笑った。
「戦死した弟たちへの供養だよ。少しでも希望を残したくてな」
 吉田は周りを気にしながら、暗闇の中へと消えていった。
 
 翌朝は快晴だった。絶好の特攻日和であり、敵からすれば絶好の迎撃日和だった。
 少佐からのありがたい水杯を口に、宮ケ瀬たちは飛び立つ。
 エンジンは快調。
 飛行場が見えなくなり、薩摩半島を越えて海上に出たころ、宮ケ瀬機のエンジンに不調が発生した。白煙が上がり始め、僚機から遅れていく。
 それでも、宮ケ瀬は特攻に向かう姿勢を見せた。隊長機は宮ケ瀬機の周りをひとまわりすると、宮ケ瀬機を諦めたのか、そのまま特攻の海へと旅立った。屋久島を通り過ぎたあたりで、隊長機は見えなくなった。
 ここからが勝負だ。
 宮ケ瀬は、燃料タンクに吉田からもらった砂糖を入れていた。ガソリンに混ぜられた砂糖はフィルターの目詰まりを起し、ガソリンの質の低下もあいまって、異常燃焼が発生したのだ。
 宮ケ瀬は機首を鹿児島に向けた。飛行場に戻ることはできない。戻ったら燃料に細工したのがバレる。良くて懲罰名目での撲殺、悪ければスパイ容疑で家族全員が獄中死。
 宮ケ瀬は、離島の沖合に不時着することを目指した。腹には爆弾を抱えている。いつ爆発するか分からない。エンジンも苦しそうにうめいている。
 宮ケ瀬機は、ふらふらしながらも、屋久島の北西にある黒島を目指した。人口1000人程度の小島だ。
 ここなら憲兵隊もやってこないだろう。
 宮ケ瀬は故障をアピールするように、黒島を低空で回った。操縦桿をゆっくりと倒す。島民が出てきて、日の丸を振っているのが目に入る。
 村人たちは、特攻隊が神聖なるものと信じている。特攻隊の真実を知らない。胸が締め付けられる。
 宮ケ瀬はさらに機頭を下げて、浜辺を目指した。しかし、技量不足はいかんともしたがく、目標を大きく外れて海に突っ込んだ。体中の骨が折れる音がする。
 ここまでか。こんなところで死ぬなら、特攻すればよかった。バカなことをした。
 意識が途切れそうになるころ、どこからか漁船の音が漂ってきた。漁師たちの声が耳に入る。
「おい大変だ。この特攻さんは、まだ生きているぞ」

 宮ケ瀬が目覚めたとき、すでに戦争は終わっていた。
 宮ケ瀬は退院とともに吉田を探したが、彼はすでに灰になっていた。砂糖でエンジンをダメにしていたことを密告されて、終戦三日前に処刑されたとのことだ。
 吉田は、砂糖を渡す相手を間違えた。とはいえ、仕方がないことだ。吉田はリスクを承知で、悩む特攻隊員を助ける道を選んだ。
 砂糖を受け取った多くの特攻隊員は技量不足で、不時着できずに墜落した。生存者は宮ケ瀬以外に知らない。
 人生に練習はない。一度きりの勝負。
 宮ケ瀬は吉田の墓に両手を合わせた。

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2025年11月10日

【掌編】齊藤想『「やぶ吉」とZ』_ChatGPT85点

第49回小説でもどうぞ「練習」に応募した作品その1です。

「Z」ですが、千葉県内にあるうどん屋の名前から借りました。あまりにインパクトのある店名だったので、ついつい拝借を。
テーマの価値観を逆転すると、新しい発想ができることがあります。
プラスの言葉ならマイナスに取る。マイナスの言葉ならプラスにしてみる。
今回の「練習」はプラスの言葉なので、それをマイナスに……練習しても上達しないというストーリーを作りました。
自分は1回だけですが、蕎麦打ちの経験もあります。見た目よりはるかに難しいです。
そうした様々な経験も、少しですかストーリーに盛り込んでいます。
経験は小説の種ということで。

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次回は12/5発行です。



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『「やぶ吉」とZ』 齊藤 想
 
 君島喜代吉は、戦前から続く老舗蕎麦屋「やぶ吉」の三代目だった。八十歳を超えても厨房に立ちづつけている。蕎麦打ちは祖父と父に子供のころから仕込まれた。伝統の味こそやぶ吉の自慢だった。
 そのやぶ吉に、本田が弟子入りしたのは10年前だった。
 蕎麦職人への道のりは「そば打ち3年、こね8年」と言われている。喜代吉は本田に祖父や父と同じように指導するが、本田はいまだに満足のいくそばを打つことができない。
 喜代吉が打つ蕎麦との違いは、ひとくちすすれば明らかだ。歯ごたえはボソボソとしていて、のどごしも舌触りも悪い。蕎麦の香りも広がらない。
 老舗とはいえ、経営は厳しい。外食産業は多様化し、全国チェーンのファストフード店が大繁盛している。
 麺類業界に限ってもラーメン店が圧倒的な人気を誇っており、やぶ吉は来客数、売上高ともに先細りが続いている。
 喜代吉は、自分の代で店を畳むつもりだった。いまの経営状況では継がせられない。修行もさせられない。
 ひとり息子が手伝いを申したときは嬉しかった。だが、断腸の思いで拒絶し、都内の大企業に就職させた。

 そこに飛び込んできたのが、本田だった。やぶ吉の味に感動したという。
 よくある話だ。
 喜代吉は年齢のこともあり、手伝いが欲しかったのも事実なので、本田を受け入れた。
 本田は不器用な若者だった。何をやらせても下手だった。
 蕎麦打ちの修行には「そば打ち3年、こね8年」以外にも「包丁3日、のし3ヶ月、木鉢3年」という言葉もある。
 本田に包丁を使わせると、蕎麦の幅が揃うまで3日どころか半年かかった。のしにしても、生地が平らになるまで3年だ。木鉢に至っては、いまだに天候に合わせた水加減の調整ができない。
 本田の蕎麦は、やぶ吉の味と明らかに異なる。やぶ吉の蕎麦は繊細で、貴婦人のようなのど越しが自慢だが、本田の蕎麦は武骨で野武士をかみ砕くかのようだ。
 それでも、本田は諦めずに黙々と修行を続けた。練習量はトップクラス。しかし、不思議なことに、本田は練習すればするほどやぶ吉の味から離れていく。
 常連客は喜代吉に声をかける。
「あの若者、頑張っているね。どうだい、彼が後をついでくれそうかね」
「どうだろうねえ。熱意は立派だが」
 喜代吉は曖昧に言葉を濁した。
 喜代吉も肉体的にムリができない年齢になっている。本田がこねた蕎麦を、喜代吉が仕上げる体制でなんとか続けてきた。天ぷらも仕込み業者に任せることが多くなった。
 本田がこねているので、やぶ吉の味が変わり始めた。常連客が首をひねる回数が増える。味だけでなく、客の顔ぶれまで変わりつつある。
 喜代吉は悟った。誤魔化すのは限界だ。決断を下すときがきたのだ。
 閉店後に、喜代吉は本田を厨房の奥に呼び出した。
 本田は厨房の奥で、かしこまった表情で立っている。喜代吉は厳しく、通告した。
「お前にはこの店を継がせん。のれん分けも許さん。わしは自分の代で、この店を整理する」
 喜代吉の回答を予想していたのか、本田はうな垂れている。そして、絞り出すような声を出す。
「す、すみませんでした。せっかくの味を残すことができずに……」
「バカ野郎。下を向くんじゃねえ。やぶ吉の味がなんだっていうだ」
 本田は顔を上げた。師匠の言葉の意味を計りかねているようだ。
「味なんて、時代とともに変わるものだ。本田は新しい屋号で開店しろ。やぶ吉の味ではなく、本田の味で勝負しろ」
 喜代吉は客席に目線を向けた。
「お客様の顔ぶれを思い出せ。ほんの少しだが、本田のそばを食べにくる若者がいるじゃねえか。そいつらのために、蕎麦を打て」
 本田の顔が、ぱっと、華やいだ。
「おれも屋号を変えて、もうちょっと頑張るつもりだ。今度は自分自身のために」

 本田がいなくなった後も「やぶ吉」は「やぶ吉Z」に名称を変更し、営業を続けた。ただ、開店日は週5日から週3日に減り、夜の営業も取りやめた。
 久しぶりに店に来た常連客が、喜代吉に声をかける。
「あの若者はどうした。後を継がせるつもりじゃなかったのか」
「思うところがあり、独立させました。わしの味を継ぐ才能がない弟子は、早めに見切りをつける。これも師匠の務めです」
「厳しいものだねえ」
 喜代吉は、注文を受けたざるそば用の蕎麦を冷水で洗い流した。水を切られて盛りつけられた蕎麦は、まるで宝石のように輝いている。
 ざるに、真珠のような薬味が添えられる。
「お、オヤジさんも腕が上がったな。屋号にZがついたし、心境の変化でもあったのかい」
 常連客が軽口をたたくと、喜代吉が答えた。
「この年齢になっても、改めて自分の味を極めたくなったのです。弟子は師匠のコピーではない。あの若者は、そう気づかせてくれました」
 常連客は箸を鳴らした。
「つまり、喜代吉さんも先代や先々代のコピーではないオリジナルを目指すのか。おれも通い続けるから、死ぬまで蕎麦屋を続けてくれよ」
「蕎麦を打てる限りは頑張ります」
 喜代吉は皺らだけの顔で、微笑んだ。

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2025年11月03日

【SS】齊藤想『アイドルを卒業』(ChatGPT_83点)

第14回小説でもどうぞW選考委員版に応募した作品その2です。
テーマは「卒業」でした。

アイドルが女性初の総理大臣になる話です。応募時点では石破総理だったのですが、その後、石破総理が自民党総裁を辞任し、さらに高市早苗が女性初の自民党総裁に選ばれて……となって、完全に現実においていかれました。
前半で主人公のアイドルは、アイドルらしからぬ奇抜なキャラにしています。
この奇抜なキャラが、物語に薬味を加えるのと同時に、伏線ともなる仕掛けです。
テレビでよく見るようなアイドルでは、漫画ならいいかもしれませんが、文字だけの小説ではインパクトに欠けますからね。
それにしても、時代をちゃんと見据えないとという反省の作品です。

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『アイドルを卒業』 齊藤 想

 プロデューサーは困った。百木のグループは、百木がいなければ成り立たない。アイドルらしからぬタブーに切り込む発言に、いくら叩かれてもへこまない精神力。そして抜群のルックスに歌唱力。
 百木の代役など、いるはずがない。メンバーは百木に引き取ってもらいたい。とはいえプロデューサーからは口にだせない。
「それに、彼とはプラトニックな関係です。肉体交渉はありません。あえて言うなら、師匠と弟子のようなものです」
「それは知っている。だれも、あの老人に男性能力があるとは信じていない」
「ならば、何が問題なのですか」
「百木君も承知の通り、密会した相手が問題なのだ。なにせ、彼は絶大な権力を持っているうえに、テレビ局とは対立している。おかげで、テレビ局からの圧力がすごいんだ。だから、せめて卒業という形で、奇麗に幕を引かせてくれ。頼む」
 プロデューサーは頭を下げた。必死過ぎる様子に、百木はかえっておかしみを覚えた。
 これ以上、粘ってプロデューサーを困らせるのもかわいそうだ。そう思っているとき、百木の携帯電話が震えた。例の紳士だ。百木はプロデューサーに目礼をしてから、携帯電話を取る。
「ええ、もしもし……」
 百木は相手と少し会話を交わしたあと、通話を切った。そして、プロデューサーに凛とした顔で向き直る。
「分かりました。いますぐ卒業します。私たちは新しい道へと歩み始めます」
「えっ本当か?」
「グループのメンバーは、私がスタッフとして引き取ります。もっと大きな仕事をするために、一緒に夢を追いかけてもらいます。プロディーサーには内緒で、そのための勉強も積み重ねてきました」
「いったいなぜ、急に」
「2年後の予定が早まりました。来週には決まるということです」
 そういうことか、とプロデューサーはひとりで納得した。何度もうなずく。
「事務所を救ってくれてありがとう。新しい世界でも、もちろん応援するよ」
「ありがとうございます。お友達にもよろしくお願いいたします」
 百木は狙いすましたように微笑むと、慣れた手つきで握手を交わした。すでに訓練された、淀みない動作だった。
 
 翌日、支持率低下に悩む総理大臣が、急遽解散総選挙を決定した。百木は与党候補として立候補し、見事に初当選を果たした。
 そこから、元炎上アイドルとして強靭な精神力を持ち、コアなファン層から圧倒的な支持を受ける百木の快進撃が始まった。
 元アイドルが初の女性総理大臣になるのは、これから十五年後のことである。

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2025年10月27日

【掌編】齊藤想『図書館と犬』_ChatGPT83点

第14回小説でもどうぞW選考委員版に応募した作品です。テーマは「卒業」でした。
本作はよくあるパターンです。
困った存在(ヒト、動物、その他なんでも)が、最後には大活躍してハッピーエンドという鉄板ストーリーです。
ただ、なぜそこにあるのか。なぜ、そこにいるのか。という設定を考えないといけません。
本作は最初に「図書館」「犬」という組合せを決めて、そこからストーリーを考えています。
そこで捻り出したのが「本についた匂い」で、間違って襲ったと思わせとして、実はその前に借りていたひとの匂いに反応しただけだった、というどんでん返しを用意してみました。
ただ、さすがに強引すぎました(汗)

こんな感じで、具体的な技法を無料ニュースレターで紹介します。
次回は11/5発行です。



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『図書館と犬』 齊藤 想

 図書館のエントランスに野良犬が座り込むようになったのは、1カ月前からだった。野良犬は騒ぐことも歩き回ることもなく、まるで出勤するように開館時間に合わせて図書館の前に座り込み、閉館と共に去っていく。
 話によるとこの犬は元警察犬で、近所の老人が世話してきたらしい。その老人が金銭目的の強盗に殺害され、みすぼらしい老犬に引き取り手もなく、気が付いたら野良犬になっていたようだ。
 野良犬も、いまでは図書館のマスコット犬のような顔をしている。子供たちに頭を撫でられると、嬉しそうに尻尾を振る。
 司書の静香は、野良犬を追い払うよう館長にお願いした。何しろ野良犬だ。来館者に危害を加えるかもしれないし、病気も心配だ。
 だが、館長にその気はないようだ。
「心配は分かるけど、保健所に連れて行くのは可愛そうでなあ。警察犬を卒業したと思ったら殺処分なんて、あまりに哀れで」
「そんなこと言って、問題が起きてからでは遅いのです。あの犬を庇うなら、館長が責任をもって引き取り手を探してください」
「彼の名前はジョンだ」
「は?」
「あの犬のことだよ。野良犬として見ると愛着が湧かないけど、ジョンと呼べば少しは可愛がるかなあと思って。もう少し様子を見たらどうだね。私が引き取り手を探すから」
「絶対に、お願いしますよ」
 静香は、一旦は引き下がった。
 
 ジョンは相変わらず図書館の前にいる。来館者たちに愛嬌を振りまき、静香が「エサを与えないでください」という看板を貼っても食事を与える来館者は後を絶たない。
 そういう静香も、仕方なく水を与えている。脱水症状を起こして、図書館の前で死なれたら迷惑だ。ジョンも静香に尻尾を振るので、仕方なく頭を軽くなでる。
 それにしても、なぜ図書館なのか。おまけに、気が付いたら見知らぬ老人まで椅子を持参してジョンの隣に座っている。
 静香が館長に苦情を言うと、館長は嬉しそうな顔をする。
「心配するな。あいつはジョンの保護者だ。話をしたらジョンのことを哀れがってなあ」
「保護者ですか?」
「あの警察犬とコンビを組んでいた元警察官だよ。彼も最近定年を迎えてなあ。ジョンが待つなら、おれも待つって」
「忠犬ハチ公ではあるまいし。だいたい、飼主はもう死んでいるんです。何を待つというのですか」
「そんなに、キンキンするなって。別に大人しく座っているぐらいいいではないか」
「私は問題が発生してからでは遅いと申しているのです。老犬と老人の暇つぶしに、図書館を巻き込まないでください」
「暇つぶしだけではないけどなあ」
 館長はぼやくように、つぶやいた。
 
 静香が恐れていた問題がついに発生した。図書館から出てきた老女に、野良犬が急に吠えかかったのだ。
 老女は驚いて転びそうになった。大事に至らなかったのが、幸いだ。
 静香は館長に食ってかかった。
「もう限界です。あの野良犬を保健所に連れて行ってください。元警察官の保護者も、役立たずではありませんか」
 しかし、館長はあらぬことを口にした。
「静香さん。いますぐ、あの女性が借りた本の履歴を調べてください」
 館長ののんきさに、静香はあきれた。
「それどころじゃないでしょ。もう少しで怪我人が発生するところだったんですよ」
「静香さんは、ジョンが元警察犬ということを忘れている。ジョンは、ひたすら主人を殺害した犯人が現れるのを待ち続けていた」
「あの女性が犯人だというのですか? バカバカしい。犬だって年を取って認知能力が落ちたのではありませんか」
「違います。ジョンは女性ではなく、女性が借りた本に反応したのです。本に犯人の匂いが染みついているということは、犯人は延滞している可能性が高い。該当者が見つかったら、すぐに警察に連絡してください」
 静香は、慌てて端末を操作した。

 殺人犯が逮捕されたのは、静香が警察に電話してから一か月後だった。元警察犬は表彰されて、新聞記事にもなった。
 元警察犬のジョンは、いまでは正式に図書館のマスコット犬となった。立派な犬小屋まで用意されている。
 今日も、ジョンは来館者たちに愛嬌をふりまきながら、元警察官と一緒にこの街を見守り続けている。

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2025年10月20日

【SS】齊藤想『浦島太郎の孤独』

第48回小説でもどうぞに応募した作品その2です。テーマは「孤独」です。

アイデアに困ったら昔話です。
昔話はたくさんありますし、誰もが知る物語も多いので、パロディにはうってつけです。
特に「桃太郎」「浦島太郎」「兎と亀」はストーリーの独自性といい、日本昔話の3大ヒーローだと思っています。だからこそ、パロディも作りやすいです。
本作は「浦島太郎」がたどり着いた未来が、宇宙人に侵略されていたという古いSFテイストな設定を加えてみました。
もっとも本作はアイデアに困った苦し紛れなので、これでChatGPTで93点というのはかなり解せぬのですが。

こんな感じで、具体的な技法を無料ニュースレターで紹介します。
次回は11/5発行です。



・基本的に月2回発行(5日、20日※こちらはバックナンバー)。
・新規登録の特典のアイデア発想のオリジナルシート(キーワード法、物語改造法)つき!

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『浦島太郎の孤独』 齊藤 想

 浦島太郎の人生が一変したのは、悪ガキにいじめられていた亀を助けてからだ。お礼として海の底にある竜宮城に招待され、美しい乙姫様から度重なる歓待を受けた。
 豪勢な食事に、優雅な踊りと音楽。
 貧しい漁師だった浦島太郎にとって、竜宮城はこの世の極楽だった。食事の中に、奇妙な白い肉があったが、もちろん気にすることなく口にした。このうえなく美味だった。
 残してきた両親が気になり、浦島太郎が乙姫様に帰る意思を伝えると、乙姫様からお土産として玉手箱を渡された。
 亀に連れられて浜に戻ると、驚くことに風景が一変していた。
 砂浜に並んでいたはずの松は消え、沖合にはみたこともない巨大な船が浮かんでいる。
 浦島太郎が戸惑いながら家を目指そうとしたが、奇妙な黒い道路が張り巡らされ、おまけにその道路を鉄製の箱が通り過ぎていく。
 ここは本当に日本なのか。別の世界に迷い込んだのではないか。
 浦島太郎は両親を探した。しかし、民家はどこにもない。それどころか、知人とすれ違うことすらない。
 目に入るのは、見たこともない服装と道具を持つ村人たちのみ。村人は四角い道具を耳に当て、独り言をつぶやいている。神様と会話しているのだろうか。
 浦島太郎は、荒れ果てた集落のはずれで、ようやく先祖代々の墓を見つけた。生い茂る雑草を薙ぎ払い、墓石の文字を指で追う。浦島太郎は愕然とした。すでに両親が他界しているだけでなく、竜宮城に行ってから七百年も過ぎていることを知った。
 浦島太郎は、見知らぬ世界にひとりで投げ出された。七百年という時間が、世界を一変させてしまった。
 浦島太郎は、ようやく乙姫様から渡された玉手箱の中身を理解した。玉手箱には、七百年もの時間が詰まっている。玉手箱を開ければ、貯められた時間の洪水に襲われ、浦島太郎はまたたくまに骨となるだろう。
 浦島太郎はひとりぼっちだった。この時代に生きる場所はない。
 浦島太郎は孤独から解放されるため、玉手箱を開けた。白煙とともに、七百年もの時間が浦島太郎を襲う。
 だが、ひとつだけ誤算があった。浦島太郎は死ななかった。老化もしなかった。
 浦島太郎は、竜宮城の料理の中に、人魚の肉があったことを知った。人魚の肉を食べると、人間は不老不死になる。
 だから浦島太郎は死ねない。これからも、七百歳の老人として生き続けるしかない。全てが変わってしまったこの世界に、たったひとりで。

 由惟が大学の卒業論文で、ホームレス対策の研究を選んだのは偶然だった。
 由惟はいままでのホームレス対策に不満を持っていた。発表される論文は、どこか上目線で、施しを与えるという視点ばかり。
 ホームレスについてもっと知らないといけない。いままでの研究は、フィールドワークが足りない。
 由惟が教授の反対を押し切ってまでホームレスへの聞き取り調査を続けるのは、由惟なりの問題意識があった。
 そこで出会ったのが、「浦島太郎」と呼ばれている老人だった。おまけに、周囲とは服装も見た目も大きく違う。
 彼は年齢不詳で、とにかく一番の古参であることは間違いない。大けがもしているようなので、助けたいという思いもあった。
 ホームレスたちは、住みよい場所に集まるが、行政や警察によって定期的に追い出されるので、定点観測が困難だ。死亡率も高いので、メンバーの入れ替わりも激しい。
 だから「浦島太郎」が何年前から存在しているのかは分からない。ホームレス仲間によると、三十年以上前からいるとの噂だ。ホームレスとしては異例の長寿命だ。
 浦島太郎はだれとも喋らず、ひとりで段ボールのテントに籠っている。ときおり川で魚を釣っては、干物を作っている。
 由惟は浦島太郎に何度も声をかけた。いつも冷たく拒否された。浦島太郎の話を聞くために、一カ月も通い続けた。
 そして、初めて聞いた話が、不老不死に至った物語だ。
 浦島太郎は、由惟に寂しそうに語る。
「いくら仲良くしても、みんな先に死んでいく。この世におれだけ残る。親しい人が死ぬたびに、孤独感が深まっていく。だから、最初から仲良くしない方がいい」
 けど、と由惟は答える。
「私とこうして話しているのは、孤独を解消したいという気持ちの表れではないでしょうか。ホームレスの仲間たちも、浦島さんのことを気にされていますよ」
「あいつらは、仲間でもなんでもない。七百年の間に、この世界はひっくりかえったんだ。この世界に、たったひとりでいる気持ちを、お前らに分かってたまるか」
 浦島太郎は二本の腕で、由惟を追い出しにかかった。それを見て、由惟がいう。
「浦島さんは、腕にお怪我をされていますよね。もしよろしければ、腕を治療することもできますが」
「余計なことをするな。おれには治療など必要ない!」
 浦島太郎は孤独の思いを深めながら、この日本を支配する、四本の腕を持つ宇宙人を追い出した。

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2025年10月13日

【掌編】齊藤想『孤独のルール』

第48回小説でもどうぞに応募した作品その1です。テーマは「孤独」です。

本作はティモシー・トレッドウェルを紹介した映画『グリズリーマン』に触発されて書いた掌編です。
トレッドウェルは国立公園局からの警告を無視して、野生熊との接触を続け、最後には女性と一緒に食い殺されてしまいます。
慣れている人間でも、一瞬の油断、ほんの少しの間違い、もしくは偶然によって殺されてしまう。
自然の厳しさを実感しました。
ストーリーも基本的にはトレッドウェルの生涯に沿っていますが、女性との恋愛は完全に創作ですし、ちょいちょい変更しているのでご注意を。
創作にはインプットが大事だと思います。インプットしているから、アウトプットできるものだと思っています。

こんな感じで、具体的な技法を無料ニュースレターで紹介します。
次回は11/5発行です。



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『孤独のルール』 齊藤 想

 高校卒業まで、カールは普通の青年だった。郊外の中流家庭で育ち、高校では高飛び込みの選手として注目を浴び、大学には奨学金で通うことができた。
 遠い町での一人暮らし。それが、転落のきっかけだった。
 両親の目が届かないことで、大学で悪友とつるむようになった。アルコールとマリファナに溺れる日々。挙句の果てに麻薬の売買にも手を染め、警察に逮捕された。わずか2年での退学処分。
 カールにはエイミーという恋人がいた。
 エイミーは、チアガールチームのセンターだった。エイミーはカールが高飛び込みの有力選手だったから交際していたようなもので、カールが選手としてのキャリアに終止符を打つと、お払い箱にされた。
 大学時代の友人も、波が引くように去っていった。カールが親友だと信じていた同級生たちも、例外なく連絡が取れなくなった。
 人間とはこんなに冷たいものなのか。
 夢も希望もないカールが意味もなくテレビを見ていると、彼の目に映ったのが、アラスカのグリズリーだった。カールには、グリズリーが神の使いのように見えた。
 カールは、子供のころから動物が好きだった。ペットのアカリスとは親友だったし、いまでも寝るときにはテディ・ベアの人形を抱いている。
 グリズリーが密猟者に殺されていることを知ると、いてもたっても居られなくなった。
 両親はもちろん反対したが、その両親が心臓病と脳出血で相次いで急死した。
 カールは相続で得た両親の財産を処分すると、体ひとつでアラスカに飛んだ。
 カールはアラスカの国立公園内にキャンプを張った。荒野にはアルコールもマリファナもない。資金が尽きると、街に戻ってグリズリーに関する観察記録を出版し、各地で講演をすることで収入を得た。
 カールは、アラスカのグリズリーによって立ち直った。
 カールは、自らの安全を守るため、いつかのルールを決めた。
 グリズリーを刺激しない。近くで大声を出さない。エサを与えない。急に立ち上がったり逃げたりしない。そうすれば、グリズリーは人間を危険と見なさず、大自然にいる同居人として暖かく迎えいれてくれる。
 ひとりでいるからこそ、守ることのできるルール。これを、カールは「孤独のルール」と名づけた。
 専門家や国立公園管理者は、何度もカールに警告を発した。
 クマよけのスプレーを常備すること。クマよけの電気柵を張ること。キャンプは1週間に1回は移動すること。グリズリーに近づかないこと。
 カールは全てを無視した。自分は特別な存在であり、グリズリーとは堅いきずなを繋いでいると信じていた。
 カールが有名になったころ、エイミーから手紙が届いた。エイミーはチアガールとして成功することができず、いつしか自分の限界を感じて、気が付いたらいつかのカールと同じようにアルコールと麻薬に溺れるようになったそうだ。
 心を動かされたが、カールはエイミーを無視した。「孤独のルール」を破ることはできない。それが、自分とグリズリーを守ることに繋がる。
 それでも、エイミーは繰り返し手紙を送ってきた。
 大自然の中で立ち直ったカールの姿を見て、感動した。私も立ち直りたい。ひとりにしないで欲しい。孤独に耐えられない。
 カールの心は揺れた。ここ10年間、人間とまともに交流していない。出版は原稿を書くだけの孤独な作業だし、講演も終わったらそそくさと退出した。カールの変人っぷりは有名になっていて、自ら交流しようと言ってくる研究者はだれもいない。
 カールが有名になるたびに「彼の行動は危険すぎる」「グリズリーは友好的という誤解を招く」と批判は強まる一方だった。
 カールは、手紙を前に考えた。エイミーもグリズリーと仲良くなれたら、研究者からの批判を一掃できる。これはチャンスかもしれない。
 カールは、エイミーをアラスカに受け入れる決断をした。
 エイミーはテレビと本しか見ていないので、大自然を甘く考えていた。もちろん、その幻想を振りまいたのは、カール自身だ。
 カールがいつものようにビデオを撮影していたら、巨大なグリズリーが、カールとエイミーに近づいた。カールの目には、グリズリーが「お前の横にいるのは誰だ!」と言っているように聞こえた。カールはグリズリーに落ち着くよう声をかけた。
 いつもなら、それで鎮まる。しかし、見知らぬ人間がいることに不安だったのか、グリズリーがエイミーに向けて咆哮を上げた。
 恐怖に負けたエイミーが、悲鳴を上げた。
 その瞬間、二人の人生は終わりを告げた。
 
 結局のところ、カールは孤独でいることが幸せだったのだろうか。
 公園管理者として、残された映像を確認した私は、そうではないと確信している。
 カールとエイミーは、近づくグリズリーを前にして、逃げることも戦うこともせず、その場で食われるがままになっていた。
 ビデオが倒れたとき、二人の手が繋がっている様子が映し出された。
 カールは最後になって、自らに課した「孤独のルール」を捨てた。ただ、それは、二人が望んだ結末を受け入れるための儀式だったように思えるのだ。

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2025年10月06日

【掌編】齊藤想『リペア』_ChatGPT90点

第9回さばえ近松文学賞に応募した作品です。

本作は小道具から逆算しています。
「鯖江の眼鏡は壊れることで目を守る。壊れても修理できる」からテーマを導き出しています。
「壊れた関係はお互いの気持ちで修復できる」が本作のテーマです。
小道具はたた鯖江要素を出すだけでなく、テーマにも直結させているのが自分なりのこだわりです。
あとは逆算で物語を作っています。
前半で、主人公が彼氏の眼鏡を壊すシーンがあります。ここの文章は、実は官能小説の技法を使っています。目線の動き、感覚の動きと文章の流れを合わせる。そのことで、ストップモーションというか、文章の流れで主人公の感情を表すように工夫しています。
技術は何でも使ってみるタイプなので。

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 『リペア』 齊藤 想

 アスファルトは、すっかりと夜のとばりに溶け込んでいた。
 ここは都心のオフィス街。帰社時間のピークは過ぎ、地下鉄の駅に向かう会社員たちの姿もまばらになっている。通り過ぎる車のライトとコンビニの灯りが、目に痛いほど輝いている。
 紗英は、自ら繰り出した左下からのビンタが、ここまできれいに彼氏である和司の顔に入るとは思わなかった。
 いつもなら和司は軽くかわす。けど、紗英の勢いが強かったのか、それとも和司によけるつもりがなかったのか、紗英のてのひらが和司の横顔にめり込む。
 和司は幅広な黒縁メガネをかけている。
 紗英の中指が、和司がかけている眼鏡のフレームと衝突する。硬質な中にも、しなやかさがある独特の感触。
 そこからの景色は、まるでスローモーションのようだった。
 和司のトレードマークである黒縁眼鏡が、顔から離れていく。眼鏡の部品が砕けたようにバラバラになる。レンズを支えるリムが空を舞い、少し遅れて耳にかけるテンプルが地面に落ちる。
 紗英の全身から一斉に血の気が引く。壊してしまった。和司が亡父から成人式のお祝いでもらった、大切な眼鏡を。
 いまさら時を戻せない。紗英は心の中で泣きながら、表情だけは強気を崩さずに、和司にいい放った。
「浮気をした和司が悪いのよ」
 和司は、バラバラになった眼鏡の部品を拾い集めた。アスファルトの上を転がったせいか、細かい傷がついている。
 大切なひとの大事なものを壊すことほど、悲しいことはない。心の底では、和司に謝りたい。それなのに、和司への口撃は止まらない。これは勢いなのか、つまらないプライドなのか。
 和司は顔を上げた。その瞳には、微かに怒りの色が浮かんでいる。それでも、紗英は頭を下げることができない。
 和司の声が荒くなる。
「だから何度も誤解だと言っているだろ。瑠璃は会社の上司だ」
「じゃあ、なんで携帯の登録が”瑠璃”なのよ。普通は名字か役職名でしょ」
「それは社用の携帯だからだ。うちは宝石商だろ。だから、社員の肩書代わりに宝石名がつけられている。たまたま自分の上司がラピスラズリ……つまり瑠璃だっただけだ。見てみろ。瑠璃以外にも珊瑚とか真珠とかいろいろ登録されているだろ」
「私が見たのは、和司の私用携帯だから。それに、昼夜関係なく履歴が残っているし」
「それは、おれがおっちょこちょいで、ちょくちょく社用の携帯を忘れるから、上司に強制的に私用携帯に登録させられたんだ。電話が頻繁なのは、たまたま大口の取り引きがあって、上司と頻繁に連絡を取り合う必要があったからだ」
「そんな言い訳、信じられるわけがない」
「信じてくれないなら、仕方がない」
 和司が散らばっている眼鏡の部品を、ひとつひとつ丁寧にハンカチで包み込む。
 本当は仲直りをしたい。誤解したことを謝りたい。部品を拾うのを手伝いたい。けど、紗英の口から出てくるのは、真逆の言葉ばかり。
 早くこの場から逃げ出したかった。
「もう帰る。二度と連絡しないで。瑠璃さんと幸せに。じゃあね」
「おい、ちょっと待てよ」
「もういいの。長すぎる春の結末は、こうなると決まっているの」
 紗英は踵を返すと、足早に地下鉄の駅へと急いだ。途中で和司が追いかけてくることを期待した。けど、だれも止めてくれない。迫ってくる足音もない。無関心な人々が、紗英の横を通り過ぎる。
 自然と、沙英の両目から涙がこぼれ出た。
 思い返せば、和司とは長いつきあいだった。知り合ったのは小学校時代。そのときは、単なるグループでの遊び仲間。中学高校へと同じ地元の公立学校に進み、学力が近かったためか大学まで同じ。
 それでも和司とは友人のままだった。お互いに大学やバイト先で恋人を作り、別れを繰り返す。何かあるたびに、お互いに近況を交換し合った。
 二人が交際しなかったのは、恋人となることで、長く続いていた友人関係が壊れるのが怖かったから。二人とも臆病だった。
 友人から恋人に変わったのは、社会人8年目のときだ。転勤を重ねていくなかで、たまたまお互いの勤務先が東京となり、再会して昔話で盛り上がっているうちに、自然な流れで交際に発展した。
 お互いに三十路に入った。恋人としての交際期間は短くとも、和司とは知り合ってから二十五年を超える。
 それも、もう終わり。壊れたものは、二度と元には戻らない。知っていたはずなのに。だから慎重に交際することを避けてきたはずなのに。
 紗英はホームに滑り込んできた地下鉄のシートに沈み込むと、まばらな通勤客の目を気にすることなく、ひとりで泣き続けた。
 
 和司から連絡がきたのは一か月後だった。
 会うのはこのまえ喧嘩したときと同じ場所、同じ時間。お互いの職場の中間点。
 紗英が重い気持ちで待ち合わせ場所にいると、ほどなくして和司がやってきた。
「遅れてごめん。ちょっと上司から小言をくらってさあ」
「それは大変だったね」
 この前のことがあるので、どうしても態度がよそよそしくなってしまう。
 近づいてきた和司は、傷ひとつない真新しい黒縁メガネをかけていた。弁償すべきだろうか。眼鏡のことばかり考えていると、和司から話を継いだ。
「そういえば、紗英にうちの親父が鯖江市出身ということを話したことがあったけ」
「あ、聞いたことがあるかも」
「鯖江といえば眼鏡だろ。だから、親父は成人式のお祝いに鯖江産の眼鏡を贈ってくれたんだ。黒縁でダサいかなと思ったけど、長く使えば使うほどお前の顔にフィットすると親父が力説してきてさあ」
「それで、どうしたの」
「三十を越えたあたりで、親父の言いたいことが分かってきた。三十代になれば自分の顔に責任を持てというじゃない。つまり、親父はこの眼鏡に合う顔になれと、言いたかったんだ」
 紗英は、和司の顔を正面から見ることができない。うつむきながら、つぶやく。
「そうだったの。けど、その大切な眼鏡を、私は壊してしまった」
 和司は首を横に振った。
「それは違う。鯖江の眼鏡は壊れるようになっているんだ」
「え、どういうこと?」
 和司は眼鏡をはずした。そして、リムとテンプルを繋ぐ蝶番を紗英に示す。和司の顔が紗英に近づく。
「鯖江では、テンプルの太さによって蝶番を変えている。これは七番蝶番といって、雄雌で合計七枚の部品でできている」
「一枚一枚がとても薄いのね」
「だから強い力が加わると壊れる。これは壊れることで目を保護するための工夫なんだ。そして、壊れることが前提だから、鯖江には修理の部品も揃っている。フレームだってそうだ。磨き直せばピカピカになる素材が使われている」
「それなら、あの大切な眼鏡は治ったの」
 和司の顔がぱっと華やぐ。
「もちろんじゃないか。鯖江の眼鏡は、壊れても治せることに意味がある。持ち主に治す気があれば、何回でも、いくらでも」
 少し間が開いた。
 いまなら、和司の言葉が理解できる。紗英は壊れることを恐れ過ぎていた。大事なのは、壊さないことではない。壊れたとしても、治す勇気を持つことだ。
 和司は、トレードマークの眼鏡をかけなおした。いつもの顔、見なれた顔、元通りの顔が、そこにある。
 次に治すのは、私の番だ。紗英は思いっきり頭を下げた。
「ごめんなさい。和司の携帯を勝手に見たことも、私の誤解で酷いことを言ったことも、大切な眼鏡を壊したことも」
「あっ、先に言われた。おれから謝ろうと思っていたのに」
「なんで、和司が謝ることないじゃない」
「だって、紗英が後ろを向いたとき、追いかけていれば一カ月もお互いに悲しい思いをすることが無かったじゃない」
 和司のやさしさに、紗英の目から涙があふれる。
「あのときは、壊れたものを治せる自信がなかった。けど、完璧に修理された鯖江の眼鏡が戻ってきたのを見て、ようやく勇気が湧いてきた。だから謝る。いままで待たせて、ゴメン」
「バカ。そんなこと言わないでよ」
 紗英は和司の胸を叩いた。今回はゆっくりと、そして優しく。和司の胸は厚く、筋肉質なのに柔らかかった。
「いままで、ぼくは恐れていた。壊れたら二度と元に戻せないと。けど、いまなら自信をもってプロポーズできる。紗英さん、結婚してください」
 和司はスーツの内ポケットから、紫色の小箱を取り出した。和司は両手で包み込むようにして小箱を開ける。そこには澄んだ青色の宝石があしらわれた指輪が輝いている。
「おれが扱っているラピスラズリの指輪。結果的に、二人を後押ししてくれた瑠璃係長にちなんで」
「もう誤解をしないように、という私への自戒の念も込めてね」
 和司は笑った。
「誤解してもいいんだ。壊れたらまた、治せばいいんだから」
「けど、壊れないように大切にするのが一番でしょ」
 和司は小さくうなずいた。
 紗英は指輪を受け取ると、左手の薬指に嵌めた。和司が選んでくれたラピスラズリは、街灯の光を受けて、二人を祝福するかのように青色に輝き続けていた。

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