第44回小説でもどうぞに応募した作品その2です。テーマは「習慣」でした。
比較的、公募で採用されやすいジャンルに幽霊物があります。
お涙頂戴物としてまとめやすいので、時代や場所を問わず、採用され続けるジャンルと考えています。
昔から使われてきたパターンについては、いかに新しい工夫・新しいアイデアを入れられるかが勝負だと思っています。
ということで、具体的な技法はこちらの無料ニュースレターで紹介します。
次回は7/5発行です。
・基本的に月2回発行(5日、20日※こちらはバックナンバー)。
・新規登録の特典のアイデア発想のオリジナルシート(キーワード法、物語改造法)つき!
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『途切れた習慣』 齊藤 想
琴美の楽しい習慣は「ながらスマホ」の軽自動車によって奪われた。
あと一週間で、結菜の卒業式。県道を越えると幼稚園。結菜が嬉しそうに、歩行者用信号機のボタンを押す。信号が変わったのを確かめてから、二人で手を上げて、横断歩道を渡り始める。
琴美の目に、軽自動車が写る。その軽自動車がどんどん迫ってくる。
どこで止まるのかな、と琴美は不安になった。そのとき、運転手の顔が見えた。初老の運転手は、スマホを耳に当てながら、ダッシュボードに手を伸ばしている。
「ながらスマホ」だ。
琴美が叫び、運転手の顔が上がったときは手遅れだった。
二人は軽自動車に跳ね飛ばされ、タイヤに踏みつけられ、ぼろきれのようにされた。
琴美と結菜は幽霊になった。
結菜は、自分が死んだことに気がついていない。自宅で夫が泣いているのを見ても、不思議そうに首を傾ける。
「ねえ、なんでパパ泣いているの」
琴美が答えられずに戸惑っていると、結菜は琴美に屈託のない笑顔を向ける。
「来週の卒業式、楽しみだね」
その笑顔がまぶしくて、とても本当のことは言えない。
琴美は決心した。幽霊になっても同じ生活を続けよう。習慣を変えないようにしよう。
いつか、結菜が死を理解するまでは。
翌朝になると、琴美は結菜をつれて幼稚園に行く。幽霊だから、だれも結菜に気づかない。それでも、結菜は楽しそうに幼稚園に行き、正門で琴美に手を振って別れる。
結菜が死を理解できないまま、卒業式の日を迎えた。結菜のために用意された空席。その席に、幽霊になった結菜が座る。
名前が呼ばれても、結菜は立たない。卒業証書を受け取りにいかない。泣きながら父が結菜の代わりに受け取る。
そろそろ、自分が死んだことに気がついただろうか。けど、結菜はいつものとおり、屈託のない笑顔を浮かべる。
「来週の卒業式、楽しみだね」
結菜の時間は止まっている。死を理解できないまま、卒業式の一週間前を繰り返している。今日のことも、卒業式のリハーサルだと信じ込んでいる。
年度が替わり、年中組が年長組に上がる。それでも結菜は幼稚園に向かう。また1年がたち、年少組が年長組になる。それでも、結菜は幼稚園に行く。
先生たちが入れ替わり、生前の結菜が知っているひとがいなくなっても、結菜は幼稚園に通い続ける。
結菜は家に帰ると、幼稚園での出来事を話す。話す内容はいつも同じ。同じ日を、いつまでも繰り返している。
夫はひとりで黙々とご飯を食べる。同じ食卓に、琴美と結菜も並ぶ。結菜は見えないご飯を食べながら、夫に楽しそうに話しかける。夫には聞こえない。反応もしない、それでも、結菜はまるで夫が答えているかのように、面白そうに笑う。
あの日、あの時、確かにこのような光景があった。結菜の中では、家族団欒が繰り広げられている。結菜は、幸せな一日という思い出に包まれ続けている。
毎日の習慣が、結菜の幻想を繋ぎとめている。
ある日、琴美が結菜を幼稚園から連れて帰ってくると、夫の横に見知らぬ女性が座っていた。夫の再婚相手だ。
結菜にも女性が見えたようだ。
「ねえ、ママ。あのひとだれ?」
結菜が琴美に質問する。琴美が死んで8年になる。夫が再婚してもおかしくない。
時間は動いていく。世の中もひとも変わっていく。夫が再婚するのは仕方がない。妻として夫の幸せを願うべき。そう思いながらも、心がうずく。
「だから、ママ。あのひとだれ?」
結菜が琴美に答えをせがむ。いよいよこの日が来た。習慣が破られる日がきた。結菜に死を理解させなくては。
琴美は膝を折り、結菜に視線を合わせる。
「あのひとは、パパの新しいママなの」
「それってどういうこと?」
「ママと結菜は死んだから、パパは新しいママをもらうのよ。いつまでもパパがひとりじゃ可哀そうでしょ」
みるみるうちに、結菜の両目に涙が溢れてくる。
「そんなのおかしい。だって、まだママも結菜も死んでいないもん」
結菜は駄々をこね始めた。死を理解するのはまだ無理か。琴美が困っていると、夫の再婚相手が仏壇の前に座った。りんを鳴らし、線香を上げて、両手を合わせる。
「仏壇や遺影も整理しないとなあ」
夫が再婚相手を気遣うように言う。夫の再婚相手は、首を横に振った。
「このままにしましょう。晴寿さんの、大切な奥様と娘様なのですから」
夫の再婚相手は、二人の遺影に深く頭を下げた。
「琴美さん結菜さん始めまして。私は優里亜と言います。今日から晴寿さんを預からさせていただきます。晴寿さんを幸せにしますから、見守っていてください」
その様子を見ていた結菜が、ぽつりと呟いた。
「なんか、とってもいいひとそうだね。これならパパも安心だね」
琴美は泣いた。泣きながら、結菜を抱きしめた。
本当は気がついていた。結菜の時間を止めていたのは、琴美であることを。日常の習慣を続けることで、いつまでも家族で同じ時間を共有できると錯覚したかったことを。
けど、もう解放しなくてはいけない。夫も結菜も、そして琴美自身も。
長く続いた習慣が、終わる時が来た。
二人の体が陽炎のように淡くなっていくのを、琴美は幸せな気持ちで祈り続けた。
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2025年06月30日
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