第42回小説でもどうぞ!に応募した作品です。テーマは「手紙」でした。
本作は石原慎太郎の妻、石原典子の本『君よわが妻よ:父石田光治少尉の手紙』を基礎資料としました。
石田少尉は民間人です。徴兵され、中国戦線で転戦を続けて帰国が長引いているうちに、戦死してしまいました。石田少尉が妻にむけた、愛情たっぷりでユーモアあふれる手紙が、いまに残されています。
ということで、具体的な技法はこちらの無料ニュースレターで紹介します。次回は5/5発行です。
・基本的に月2回発行(5日、20日※こちらはバックナンバー)。
・新規登録の特典のアイデア発想のオリジナルシート(キーワード法、物語改造法)つき!
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『軍事郵便』 齊藤 想
[軍事郵便]
昭和19年4月3日
奈美恵さん、お元気でしょうか。和子と慎太郎は仲良く遊んでいますか。
おチビでヤンチャな姉弟が、お母さんを困らせている様子が目に浮かびます。
さて、お父チャンは、南洋のある島にいます。軍事機密なので詳しくは書けませんが、ヤシに囲まれた平和な島です。住民たちはとても親切です。
優秀な司令官のもと、戦友たちも意気揚々で、鬼畜米兵なにするぞと、まさに天を焦がすばかりの勢いです。
お父チャンは、鬼畜米兵を待ち受けるための大砲設置で忙しいです。疲れた体を休めるとき、奈美恵からの手紙を読み返し、ますます戦意を高揚させています。
ぜひとも、マメにお手紙をください。待っています。
[軍事郵便]
昭和19年5月10日
奈美恵からすれば、お父チャンの戦場が気になって仕方がないのですね。新聞報道ではどうなっているのでしょうか。「転進」の文字が躍っていることと思います。
お父チャンは即席栽培のなんちゃって少尉ですが、帝国軍人なので、軍事機密を明かすことはできません。誰も知らないような小島ですヨ。
トラック島が空爆されたので、鬼畜米兵の次なる目標はフィリピンです。その進路を通せんぼするために、お父チャンは頑張っているのです。
そういえば、ちょっと太めの山下門松君のあだ名は何だったかな。
いえいえ、あだ名を思い出しても、返事には及びません。ただ、ふと、昔を懐かしくなっただけです。
家族の様子を教えてください。それだけが、お父チャンの楽しみです。
[軍事郵便]
昭和19年6月20日
和子と慎太郎の写真ありがとう。少し見ない間に大きくなりましたね。幸せのおすそ分けをいただきましたヨ。
山下君のあだ名は思い出しましたか。日本に戻ったときに教えてください。日本は絶対に勝ちますから大丈夫ですヨ。
お母チャンは心配性ですね。
今日もぞくぞくと武器弾薬が揚陸されています。コンクリートもどっさりです。丸の内ビルヂングを並べて建てられるほどです。
この島は飛行場を作ることができる平地があるので、大本営も重視してくれているのでしょう。だから、お母チャンも安心してください。
お父チャンはこれら貴重な資材を、いかにして有効に活用すべきか、司令官と一緒に日夜研究を重ねています。
詳しいことは書けませんが、コンクリートの掩体壕は地下に埋め込み、地上には木々を植栽して、空からでは絶対に分からない工夫をしています。敵が上陸したら、機関銃や大砲の乱射を浴びせてやります。鬼畜米なんてイチコロですヨ。
この島に来て、なによりありがたいのは、地元住民がとても協力的なことです。
日本語も通じますが、お父チャンはがんばってパラオ語で話しています。お父チャンのたどたどしいパラオ語でも、みんなよく聞いてくれます。食料も分けてくれます。
お父チャンは、みんなに何か配ってあげたいです。だから、煙草でもキャラメルでも、みんなが喜びそうなものを送ってください。お父チャン用はいりませんヨ。
[軍事郵便]
昭和19年8月30日
お母チャンへ。キャラメルありがとう。たぶんこれが最後の郵便になると思います。時間がないので、短く書きます。
鬼畜米兵が、いよいよお父チャンのいる島に迫ってきました。
戦いが始まったら、新聞にもでると思います。そうなったら、お父チャンが大事にしている辞書の中に秘密のへそくりがあります。
ぜひとも有効に使ってください。
[辞書に隠してあった手紙]
奈美恵へ。
この手紙を開いたということは、パラオの戦いが始まったことでしょう。
奈美恵にお願いがあります。
この手紙を読んだら、家族を連れて逃げてください。だれも知らない場所に隠れてください。お父チャンの古い友人に、高橋君がいます。彼なら匿ってくれると思います。
お父チャンは、とうの昔に、奈美恵がスパイであることに気が付いていました。お父チャンが気が付くぐらいだから、憲兵にはすでに目を付けられていると思います。
お父チャンが派遣された島は、ペリリュー島の北にあるカドブス島です。山下門松君のあだ名は、太っているから「カドブー」です。奈美恵には伝わったと信じています。
カドブス島の装備は貧弱で、米軍に上陸されたらひとたまりもありません。1日どころか半日ももちません。
だから、お母チャンを利用して、この島の防備は万全という偽情報を流すことにしました。米軍がお母チャンの情報を信じて、カドブス島への攻撃を忌避してくれることを願うばかりです。
本当なら、日本軍人として、お母チャンを憲兵に突き出すべきでしょう。だけど、お父チャンにはできません。
お父チャンは間違っているでしょうか。日本軍人として失格でしょうか。
戦争が終われば、平和になれば、全てが悪夢だったと家族で笑って振り返られる日がくると、お父チャンは信じています。
戦争が終わるまで、お父チャンは絶対に生き抜きます。だから、お母チャンも死なないでください。憲兵に捕まらないでください。自殺などもってのほかです。
生きてください。それが、お父チャンの願いです。お父チャンも、最後まで頑張りますから。
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2025年04月21日
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