2025年01月06日

【掌編】齊藤想『酒店にて』(ChatGPT:84点)

「2024さばえ近松文学賞」に応募した作品です。
募集内容は恋愛小説で、物語のどこかで鯖江に関する「歴史」、「文化」、「産業」を入れる必要があります。
さばえ近松文学賞に応募しようと決めたとき、まずは前回受賞作を順番に読むことにしました。その結果、鯖江といえばメガネということで、メガネを登場させた作品が目立ちました。また、募集内容は恋愛小説ですが、受賞作の傾向はばらけており、間口が広いという印象も持ちました。
ここからは対策です。

ということで、具体的な技法はこちらの無料ニュースレターで紹介します。次回は1/5発行です。



・基本的に月2回発行(5日、20日※こちらはバックナンバー)。
・新規登録の特典のアイデア発想のオリジナルシート(キーワード法、物語改造法)つき!
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『酒店にて』 齊藤 想

 売り上げを伸ばすコツは、来店されたお客様に声をかけて商品を勧めることではない。お客様の話を聞き出すことだ。
 里奈が若くして駅前の酒店の店長に抜擢されたのは、話を聞きだす技術を磨いてきたからだ。店長に就任してまだ半年だが、前任者より売り上げを伸ばし、いまやチェーン店内の売り上げランキングで上位に食い込んでいる。
 閉店まであと五分。里奈が閉店準備をしていたら、銀髪の紳士が入店してきた。
 紳士は高級スーツに身を包み、袖口からはロレックスがのぞいている。細身のネクタイには都会的なセンスを感じる。
 身なりからすると、最低でも大企業の重役クラスだろう。東京から出張してきて、ホテルで飲むための地酒を探しに来たというところだろうか。
 紳士は日本酒コーナーに向かうと、ひとつひとつ、丁寧にラベルを確かめている。
 里奈のチェーン店では、日本酒は値段別に置かれている。求める銘柄がある顧客には不便だが、お手頃価格で美味しい日本酒を求めるお客様には便利なシステムだ。
 服装からして紳士は高級ゾーンから選ぶのかとおもいきや、紳士はそのひとつ手前から物色を始めた。紳士は一本ずつ取り出すと、ラベルを見て、残念そうに棚に戻す。
 里奈がその紳士を見るのは始めてだ。
 去年は仕入れたが、今年は取りやめた銘柄はたくさんある。自分で仕入れを選べないチェーン店の悲しさだ。
 だからこそ、里奈はお客様の声を集めなければらない。これが現場を預かる店長の仕事であり、デスクで数字だけを見ている本社にはできない仕事だ。
 里奈は、適切な距離を保ちながら、斜め後ろから声をかける。お客様に警戒心を起させないゴールデンゾーンだ。
「仕入れる銘柄が変わってしまい申し訳ありません。大切なお品でしたら、お取り寄せすることも可能ですが」
 紳士は驚いたような表情で振り返った。胸元のネームプレートに視線を感じる。
「ああ、うん。ありがとう。それにしても随分と若い店長なんですね」
「数カ月前に店長になったばかりなので、まだまだ勉強中の身です。お客様は出張で来られたのですか?」
 答えやすい質問を挟むのが、お客様の声を引き出すコツだ。紳士はかぶりをふった。
「実は出張先から帰ってきたばかりなんだよ。出張と言っても、東京に数カ月滞在して、たまに家に帰ってくる感じなんだけどね」
 紳士は少し寂しそうな顔をした。里奈は丁寧に頭を下げた。
「そうでしたか。出張帰りでお疲れのところに声をかけて申し訳ありません」
「いやいや」と紳士は笑顔になった。
「地元で声をかけてもらえるのは、嬉しいものですよ。石川啄木の短歌でもあったよね。”訛り懐かし停車場の人ごみの中にそを聴きゆく”ってね」
 出張帰りだから、すぐにでも家に帰りたいはずだ。長話は迷惑かなと気にしていたら、紳士から話を続けてきた。
「閉店間際なのに、私のおしゃべりに付き合わせて悪いね。私が探していたのは、五百万石からできた日本酒なんだ」
 五百万石は地元で産出する酒造好適米だ。北陸を中心に普及し、大粒で心白発現率は高い。ただ心白が大きく高精白になると割れやすいため、高級酒には不向きとされている。
 高級日本酒には欠かせない「山田錦」にこだわるお客様は多いが、「五百万石」を指定するお客様は珍しい。
 里奈は、紳士の話に興味を覚えた。
「実はねえ……と、この話をすると長くなってしまうかな」
 里奈は意気込んだ。
「これも勉強です。私の時間は大丈夫ですので、ぜひとも教えてください。もし、お客様のお時間が許されるのでしたら」
 里奈は時計を見ないことにした。親しみやすさを強調するために、イントネーションも地元モードにチェンジした。
「うん、そうだね。あのひとへの土産話にもなるし、たまにはいいかな。笑わないで聞いてくれたら嬉しいな」
 里奈の雰囲気を感じたのか、紳士は少しづつ昔話を始めた。

 五百万石は、自分にとってかけがえのない酒造好適米なんだよ。
 私は地元の酒米農家出身で、そのときに交際していた彼女も同じく酒米農家だった。両親は二人は結婚するものだと思い込み、結納の日付まで決めようとするぐらいだった。
 だが、そのときの私はまだ若かった。それに、思春期特有の親が引いたレールに反発したい気持ちもあった。
「おれは、こんな田舎では終わらない」
 そう宣言して、東京に飛び出した。
 東京は地元とは別世界だった。ありとあらゆる一流品が集まってくる。物も酒も、そして女性も。
 実家が作っていたのは、北陸の風土に適した酒造好適米の五百万石だ。だが、東京に来てみると五百万石は二流米扱いで、兵庫県産山田錦の大吟醸でなければ日本酒ではないという雰囲気だった。
 当時の自分は、それで完全に勘違いしてしまった。やっぱり田舎ではだめだ。東京に出て正解だった。本物を知るには、やはり都会でなければと。
 女性の好みも変った。私は彼女を捨て、金髪の元雑誌モデルと交際を始めた。彼女はありとあらゆる一流品を知っていた。
 私が勤めていた証券会社は時流に乗って急成長し、地位も収入も右肩上がりだった。だから、いまから思えば散財とした思えないような行為にも金銭的に耐えられた。
 私が捨てた彼女は、地元農家の御曹司と結婚した。その知らせがハガキで届いたとき、軽い胸の痛みを覚えたが、私はそのハガキを丸めて捨てた。
 それから何十年も、地元のことも、彼女のことも、五百万石も忘れて過ごしてきた。むしろ、見下して生活してきた。
 転機が訪れたのは、勤務先である証券会社の倒産だ。時流にのった会社は、時流に見捨てられるのも早い。金髪の元雑誌モデルとは一番景気の良いときに結婚したが、証券会社が傾くともに離婚した。
 この別れは、どちらが悪いというわけではない。ただ、二人で夢を見ていたんだ。虚像という悲しい夢を。
 私はひとりになって、ようやく気がついた。私が必要としていたのは、華やかな兵庫県産山田錦の大吟醸ではなく、地元産の五百万石を丁寧に仕込んだ日本酒であることを。金髪の元雑誌モデルではなく、地元産酒造好適米を守り続けている彼女だということを。
 もちろん山田錦が悪いわけでも、金髪の元雑誌モデルが劣っているわけでもない。
 ただ、私が東京で追い求めたものは、本当に自分が必要としているものではなかった。当時の自分は、東京の華やかさに踊らされて、自分を見失っていたんだ。
 私は手痛い失敗を反省し、いままでの経験を活かして、新しい証券会社を設立することにした。虚像を追うことなく、良心に従い、限られた資産を着実に増やすお手伝いをする会社だ。
 本店は東京ではなく地元に置いた。ただ、どうしても仕事は東京が中心となる。顧客や取引先のほどんどが関東在住だ。だから東京に長期間出張して、たまに地元へ帰る生活を続けている。
 それで、今日は大切なひとと一緒に飲むために、地元産の五百万石で作られた日本酒を買って帰りたかったんだ。

 語り終えると、紳士は恥ずかしそうな顔をした。
「ずいぶんと、つまらない話をしてしまったね。このスーツも時計も、都内の顧客向けの悲しいはったりだから」
「そんなことないです。それに、お客様にぴったりの日本酒がここにあります」
 里奈は商品棚の下から、地元産五百万石を丁寧に磨き上げた日本酒を取り出した。店長権限で入荷し、一本だけ残しておいた人気商品だ。ラベルを見て、紳士の目が輝く。
「私が求めていたのは、まさにこれだよ。この銘柄には、あの人が作ってくれた五百万石が使われていると聞いたことがあってね」
「お客様がいうあのひととは……」
「高校時代の彼女だよ。女々しいと言われるかもしれないけど、どうしても忘れられなくてね。特に彼女が亡くなったあとは」
 彼女が故人であることに里奈は驚いた。紳士の目が遠くに向けられる。
「脳溢血だった。遺伝的に脳の血管が弱かったらしい。お葬式のときに旦那に呼び止められてね、妻は貴方のことを誇りに思っていた、地方から東京に飛び出して成功をつかみ取ったひとだと。それを聞いたとき、私は恥ずかしくなった。だから、地元に戻ると、日本酒を傾けながら心の彼女と会話するのです。本当にすごいのは、五百万石を守り続けた彼女だったよ、とね」
 紳士から受け取った代金は、体温が伝わるほど温かかった。
「心の彼女の会話するときだけ、この高級時計とスーツを脱げるです」
 そう言うと、商品を手にした紳士は、町の闇へと消えていった。里奈は閉店時間が過ぎているのも忘れて、紳士の背中をずっと見送り続けていた。

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posted by 齊藤 想 at 21:00| Comment(0) | 自作ショートショート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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