第36回小説でもどうぞに応募した作品その2です。
本作のアイデアはダジャレです。”名人”を”迷人”に変えています。
具体的な技法はこちらの無料ニュースレターで紹介します。次回は10/5発行です。
・基本的に月2回発行(5日、20日※こちらはバックナンバー)。
・新規登録の特典のアイデア発想のオリジナルシート(キーワード法、物語改造法)つき!
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『迷人戦』 齊藤 想
さあ、今年も迷人戦の季節がやってきました。第82期迷人戦は実況長沼と、解説中野でお送りいたします。
さて、今期の挑戦者は挑戦権獲得リーグを全勝で駆け抜けた飲み会帰りのサラリーマンです。解説の中野さんにお聞きします。挑戦者の期待のほどはどうですか?
「これは迷人戦鉄板のシチュエーションです。どこに新しい工夫を入れてくるかですね」
さあ挑戦者はほろ酔いというより泥酔状態で駅にたどり着いた。足元がおぼつかない。まるで駅中のブレイク・ダンス。
「これで終電に乗れるのでしょうか。これは期待できますね」
終電がホームに滑り込んできた。挑戦者は辛うじて乗り込む。自宅の駅は3つ先。彼はそこまで起きていられるのか!
「アルコールと電車の揺れのダブルパンチは強力ですよ」
挑戦者は頑張っている。まだ意識はある。まぶたが不規則に揺れる。瞳孔の動きが怪しい。黒目が瞳の中で迷子になっている。
「もう限界が近いですね」
おーっと、ついに挑戦者は白目を向いてしまった。陥落です。ついに陥落しました。これは終点までノンストップだぁ。
「挑戦者の手元を見てください。カバンが消えています」
おおっと、これは驚きました。解説の中野さんのご指摘の通り、挑戦者は先ほどまで抱えていたカバンを紛失してしまった。彼はその中に財布も定期も携帯も入れている。これで彼は無一文。完全無欠のおけら状態!
「これは無賃乗車ですね」
挑戦者は終点で駅員に起こされた。駅名を見て慌てている。駅員にここは何県何市だと聞いている。
「通勤で使っている電車なのに、乗る路線を間違えたようです。さすがは迷人戦の挑戦者になるだけのことはあります」
挑戦者は駅員室に連れていかれた。財布がないので運賃を払えない。携帯もないので家族との連絡も取れない。ついに警察を呼ばれてしまった。挑戦者はサイレンの音とともに駅から消えていく。これは帰宅できずにフィニッシュだ!
解説の中野さん。挑戦者の戦いはいかがでしたか?
「手堅くまとめましたね。さすがです」
さあ、次は現チャンピオンである迷人の登場だぁ。今年も圧倒的な力を見せつけて大台となる10期目の防衛を達成できるのでしょうか。今期の迷人は、なんとハイキングに挑戦です。
「迷人は防衛のために、新しい作戦を用意してきましたね。迷人の意気込みを感じます」
ハイキングと言っても、ずいぶんと森が深いぞ。おまけに道もない。ただでさえ方向音痴なのに、迷人は生きて帰れるのか!
「どうやら、青木ヶ原樹海のようですね」
おおっと、これは驚き桃の木山椒の木。迷ったら二度と出られないと言われる青木ヶ原樹海。その中に、迷人が脇目も振らずに突き進んでいく。これは自殺だ。完全なる自殺行為だ!
「迷人は道だけでなく、人生にも迷っているようですね」
男独身五十歳。迷人が自分探しの旅に出る。青木ヶ原樹海で見つけるのは新しい自分か、それとも樹海で力尽きた白骨死体か。
「おや、迷人の先にだれかいますよ」
おおっと、ここで迷人は自殺志願者と出会ってしまった。二人とも道だけでなく人生にも迷っている。ダブルの迷い。マイナス×マイナスの二乗はプラスになるのか、それともさらなるマイナスか。二人は意気投合して、自殺するために奥に進んでいく!
「どうも妙ですね。先ほどから同じところをぐるぐると回っている気がします」
歩き続けても進まないのは、これが迷人9期防衛の力なのか。迷人は同行者に声をかけられて、わき道に入っていく。
「いよいよクライマックスですね」
おおっと、二人は青木ヶ原樹海の奥地で自殺する予定が、なぜか国道に出てしまった。そこで親切なトラック運転手に声をかけられる。二人は相談して、名残惜しそうにトラックの助手席に乗り込んだ。迷人だけでなく、同行者も自殺を諦めたようです。奇跡だ。迷人が奇跡を生み出しました!
「規格外の方向音痴がふたりの命を救いました。迷っているということは、元に戻る可能性もあるということです。これが普通のひとなら、青木ヶ原樹海の奥地で命を落としていたことでしょう。さすがは迷人です」
こうして迷人戦は幕を閉じ、防衛を果たした迷人には郊外の新築一戸建てがプレゼントされた。
しかし、迷人は道に迷い続けて、いまだにプレゼントまでたどり着けないという。
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2024年09月16日
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