第33回小説でもどうぞ!に応募した作品その2です。テーマは「不適切」です。
本作で用いたのは、間接的ではありますが、ダブルミーイングとミスディレクションの技法です。
「不適切な関係」というと不倫をイメージしますが、夫婦は「不適切な関係=加害者と被害者の関係」という定義で話しています。
具体的な技法はこちらの無料ニュースレターで紹介します。次回は8/5発行です。
・基本的に月2回発行(5日、20日※こちらはバックナンバー)。
・新規登録の特典のアイデア発想のオリジナルシート(キーワード法、物語改造法)つき!
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『不適切な関係』 齊藤 想
「あなた、これはどういうことなの」
と、美紅はテーブルの上に写真を投げ捨てた。封筒から飛び出た写真には、夫である浩人が様々な女性とホテルに入る様子が鮮明に写っている。
「あなたの悪い病気が再発したことに気がついたのは、1年前からよ。ときおり帰りが遅くなる。帰ってきたらスーツやシャツが新調されている。説明のつかない出費が増えている。これだけ証拠がそろって、どう言い訳するつもりなの」
浩人は表情を動かすことなく、一枚づつ写真をテーブルの上に並べた。その冷静な様子に、美紅は余計にいらだちを覚える。
「美紅がここまで調べているとは思わなかった。さすがだね」
「感心している場合じゃないわよ。まるで、女性を道具のように、次から次へととっかえひっかえして」
浩人は素直に首を縦にふった。
「不適切な行為があったことは認める。けど、これは仕方がなかったんだよ。ある意味では人助けなんだ」
「この行為のどこが人助けなのよ」
「例えばこの娘だけど」
そう言いながら、浩人は高校生ぐらいの少女と映っている写真を手に取った。
「この娘は家出少女で、ある掲示板で知り合った。両親は捜索願いを出しているけど、少女は1年以上も逃げ回っている。男を渡り歩き、お金を援助してもらい、まさにその日暮らしを続けていた。とても疲れていた」
「それで、あなたが一晩の宿を提供してあげて、ついでに一緒に過ごしたと」
「自分だけ先にホテルから出てきたから、朝まで一緒というわけではないけど」
「そんな細かい話はどうでもいいの」
「それから次だけど」
表情が険しくなる美紅のことを気にすることなく、浩人は別の写真を手にとった。こちらは憂い顔をした中年女性が写っている。
「この女性はホストにはまって消費者金融からの借金が積み重なり、自殺寸前まで追い込まれていた。だから、ぼくが声をかけるとホイホイついてきたよ」
自分はホスト顔のイケメンとでも言いたいのだろうか。
「ホテルで彼女の話をじっくりと聞いて、それから悩みを解消してあげたさ。ホスト地獄から抜け出し、彼女も助かったと思うよ」
美紅は呆れて言葉もない。
「そうそう、この女は印象深かったなあ」
次に浩人が手にした写真には、筋骨隆々の女性が映っている。トランスジェンダーの元男性だろうか。浩人のストライクゾーンの広さには、開いた口がふさがらない。
「彼女とはスポーツジムで知り合ったんだ。見た目から推測できるように、彼女も悩みが多くてねえ。それで同意の上でホテルに入ったんだけど、途中で気が変わったのか暴れて大変だったよ。こっちもいまさら引けないので強引に最後までやり遂げたけど、服は汚れるし、スーツとシャツは引き裂かるし」
「それでスーツとシャツを新調したと」
「そういうこと。そんな状態だからデパートに行くまでが恥ずかしくてさ。それにしても、記憶のない女性の写真もあるなあ。忘れちゃったのかなあ」
写真を楽しそうに眺める浩人の調子に、美紅の堪忍袋の緒が切れた。
「もういい加減にして」
美紅は、もうひとつの封筒から写真を取り出して、机の上に叩きつけた。女性がひとりでホテルから出てくる写真だ。全員がストレッチャーに乗せられ、青いシートが掛けられている。
「あなたが学生時代からサイコキラーであることは知っていたわよ。けど、必ず立ち直って、不適切な行為は二度と行わないと誓ってくれたから結婚したのに」
美紅は顔を覆って泣き出した。あまりに大きな声に、浩人はオロオロとする。
「もうしない。今度こそ誓う」
「もう信じない。それに絶対に許せない。あなたがそうなら、私だって、好きなことをするから」
「分かったよ。もし自分が手伝えることがあるなら、なんでもするからさ」
「何を言っているのよ。浩人も随分と甘くなったものよね」
美紅の言葉に浩人が動揺する。浩人は最初の写真を持った指がヒリヒリとして、体の動きが鈍くなるのを感じた。
「元々は共通の趣味で知り合った二人じゃない。この写真には私の趣味も入っている。だから最後はこうなるしかなかったの。私の罪も被って死んでね。自殺として届けてあげるから。さよなら、あなた」
美紅は、動けなくなった夫の首に、ロープをかけた。
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2024年07月22日
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