29歳で散った吉田松陰の生涯を、熱い筆勢で書き上げます。
物語は吉田松陰の母が結婚するところから始まります。
そこから吉田松陰が刑死するまでを描くので、生誕前から死去まで書ききっています。
吉田松陰は杉家から山鹿流兵法で毛利家に仕えている吉田家へ養子に入ります。
吉田松陰は非常に優秀な子供だったようで、吉田家の当主が死去した後は叔父の玉木文乃進に鍛えられます。
毛利家当主にもその才能を認められるようになります。
長じてからは九州地方~江戸と勉学の旅を続けます。
ところが、江戸で藩の許可が下りる前に仇討の助太刀のために東北に旅に出て、士籍剥奪家禄没収の処罰を受けます。
しかし毛利家当主からの親愛の情は変わりません。
その後、攘夷のためには外国を知らねばと米国船に乗り込もうとするが、拒絶され、幽閉の身となります。
その幽閉中に教育者となり、出獄後の杉家で禁固中に有名な松下村塾を引き継ぎ、高杉晋作、伊藤博文等の明治維新で活躍した偉人を産み出します。
安政の大獄で逮捕され、本当は事情聴衆に過ぎなかったのに、自ら老中殺害計画を暴露して死罪。
29歳で世を去ります。
吉田松陰の思想は尊王攘夷で、陽明学に強く影響を受けています。天皇への絶対忠誠からくる筋論を重視し、学問だけでなく実践を重んじます。
松下村塾出身者の行動を見ると、なるほど、と思わせます。
山岡荘八は、吉田松陰の生涯を、筋道を重視し、真面目でウソや疑うことが嫌いな人物として描いています。
少し間違うと単純化してしまう恐れがありますが、吉田松陰は実際にかなりストレートな人物だったようで、この分かりやすい設定が吉田松陰の生涯にマッチしていると思います。
現代から見ると、吉田松陰の思想はどうかと思う部分もありますが、時代の熱を受けたその短い生涯を、熱い筆勢で勢いよく描いた快作だと思います。
読んで楽しかったです。
吉田松陰の熱さにふれたいひとのために!
2025年10月11日
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